尾道市因島出身の天才囲碁棋士・本因坊秀策(1829〜62年)が、福山市特産の保命酒の独占製造・販売で江戸時代に財をなした豪商・中村家と親しく交流していたことが、青野春水広島大名誉教授(日本近世史)らの古文書解読で明らかになった。江戸から帰郷した際に8代当主吉兵衛政顕と対局した記録があり、秀策が備後地方の有力者に支えられていたことがうかがえる。
市鞆の浦歴史民俗資料館(同市鞆町後地)発行の「鞆の津 中村家文書目録VI」で発表している。それによると、1850年9月19日に同市鞆地区の中村家で、当時六段だった秀策が吉兵衛政顕と対局。吉兵衛政顕が1局目は4目置き6目負けだったが、2局目は4目置き5目勝ちを収めた。
秀策研究家で、作家の村上幹郎さん(80)=尾道市因島田熊町=によると、秀策は1848年に江戸で本因坊の跡目を襲名し、将軍の前で対局する「御城碁」などで活躍。生涯で古里に帰ったのはわずか4回で、吉兵衛政顕との対局は3度目の帰郷のときだった。
村上さんは「豪商との対局記録が見つかるのは貴重。後ろ盾である豪商との対局を通じて地方の囲碁文化を支えた秀策の足跡を裏付ける」。青野名誉教授は「中村家の教養の高さを示しており、鞆の文化交流の実態を探る上でも興味深い」と話している。