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正宗白鳥(備前市) 自然主義文学の大家

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朗読の練習に励む「スワンの会」のメンバーたち。「白鳥の魅力を伝えたい」と意気込む
朗読の練習に励む「スワンの会」のメンバーたち。「白鳥の魅力を伝えたい」と意気込む


 まさむね・はくちょう 1879―1962年。和気郡穂浪村(現備前市穂浪)に生まれる。本名は忠夫。読売新聞社で美術、文芸、演劇などの記事を担当し、1904年に初の短編小説「寂寞」を発表。「塵埃」「何処へ」などで自然主義作家としての地位を確立した。10年に同新聞を退職し、文筆に専念するとともに戯曲、評論にも分野を広げた。40年に帝国芸術院(現日本芸術院)会員、43年に日本ペンクラブ会長、50年に文化勲章を受章。青年期の棄教宣言後は無神論者として知られたが、亡くなる直前にキリスト教への信仰を告白し、世間を驚かせた。

 「西風の凪(な)いだ後の入江は鏡のようで…」。

 備前市市民センター(同市西片上)の一室。地元在住の主婦ら13人でつくる朗読グループ「スワンの会」による朗読の声がゆったりと流れていく。作品は「入江のほとり」(1915年)。日本の自然主義文学を代表する備前市出身の作家正宗白鳥が、故郷を題材にした作品だ。

 「表現が硬くて、難しいわねえ」「でも、読み込むほどに味わいが出てくる作品よ」

 朗読の手を休め、メンバーたちが感想を語り合う。2003年に発足した同会の名の由来は、もちろん白鳥。冷徹な筆致で人生の虚妄を描いたニヒリストとして知られるが、「郷土にこだわり続けた作家」でもあるという。


 小春日和の陽光を受けた静かな海が、西からの微風に揺れて光の玉を散らしていく。その光彩。備前市穂浪の正宗白鳥生家跡からわずか百メートル南に広がる片上湾は、白鳥が「鏡のよう」と描いた入り江そのものだった。

 その海と背後の山に挟まれて細く広がった小さな集落が白鳥の生まれ故郷。村一番の富豪の長男として生まれた彼は、読書に熱中する一方、病弱の体を鍛えようと山に登り、海で水泳にいそしんだ。

 後に白鳥はこの思い出を懐かしみ、〈狭い村の四季の風光を心ゆくばかり翫賞(がんしょう)してゐた〉と書き残している。「入江のほとり」をはじめ、「牛部屋の臭ひ」(1916年)、「今年の秋」(59年)などの“岡山もの”に見られる簡素で的確な情景描写は、少年時代に根差したものだろう。

 「当時の正宗家は、2代続けて跡継ぎに恵まれなかったんです」。白鳥の次弟敦夫の孫で、今も生家跡の隣に居を構える備前焼作家正宗千春さん(65)が教えてくれた。その果てに生まれた白鳥は、「待望の跡継ぎとして溺愛(できあい)された」という。

 白鳥は晩年になっても年2回、欠かさず帰郷し続けた。「生涯古里を好きとは言わなかった人だけど、心安らぐ場所だったんでしょうね」。千春さんは、幼い自分を連れて、海岸沿いをゆっくり歩く、大伯父の穏やかな横顔を今も覚えている。

偶像破壊者

 裕福な家で何不自由なく育った白鳥は、15歳の時、岡山に下宿し、岡山基督教会の2代目牧師安部磯雄が経営する「薇陽(びよう)学院」でキリスト教を学ぶ。岡山孤児院の設立者石井十次から聖書の講義を受けたのもこの時だ。17歳で上京し、東京専門学校(現早稲田大)在学中に洗礼を受けた。

 しかし、22歳で棄教を宣言。専門学校時代に教えを受けた坪内逍遙や島村抱月らの影響で小説を書き始め、都会の片隅をあてもなく生きる男の心の空虚を見つめた「塵埃(じんあい)」(1907年)と「何処へ」(08年)で、人間の現実を赤裸々に描く自然主義文学の旗手として注目された。この変転は何なのだろう。

 「白鳥の心には常に真実を求める宗教的ともいえる欲求と、現実への懐疑が同居していた」と2004年に白鳥の再評価を志して評伝を出版した福岡大人文学部の大嶋仁教授。「いわば絶対の理想を求めて、目の前のものすべてを否定せざるを得なくなった“偶像破壊者”。世の中の表と裏が見え過ぎたのではないか」と推測する。

生涯現役作家

 83歳で亡くなるまでの60年近く、文壇に身をおいた「生涯現役作家」である白鳥の活動は、小説だけでなく、戯曲、評論にも及んだ。戯曲では「人生の幸福」(1924年)が上演されて好評を博し、評論でも小説以上の評価を得ている。

 その評論活動にあらためて光を当てたのが、備前市歴史民俗資料館(同市東片上)の特集展示「批評家 正宗白鳥の眼(め)」(31日まで)だ。昨年の白鳥生誕130年にちなみ、「現代文芸評論」(29年)、「作家論」(41年)や抜粋パネルなど約50点を展示している。

 目を引くのは、国民的作家夏目漱石をも〈いつもくどい感じがする〉と切り捨てた直言の数々。「ただ厳しいだけでなく、世間に迎合せず、自身の文学観に基づき公平な評価を下している」と岩崎紅美学芸員が舌を巻く。

 昨年12月、「スワンの会」も生誕130年にちなんで「入江のほとり」の朗読会を開いた。会長の永島佐栄子さん(60)=同市三石=は、活動を通して自分の中にあった「冷淡で人間嫌い」な白鳥像が変わってきたと語る。「自然も人間も愛情や関心がないと、あそこまで精密に描けない。白鳥さんの『ニヒル』は、温かな心の裏返しに思えるんです」




(2010年1月18日掲載)

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