2001年6月26日
社 会

  私のふるさと 総社
発掘でナゾとけるかな
 【総社市総社小五年・河本早久良】
総社にある鬼ノ城は千三百五十年ほど前、日本と仲の良かったくだらと、しらぎ(現在の朝鮮半島にあった国)が戦争をしてくだらが負けて、しらぎが日本に攻めてくるのではないか不安になり、防ぐために日本中に城を作った。
 その一つが鬼ノ城だ。実際に作ったのは地元の人たちで、設計をしたのは朝鮮半島から逃げてきた人たちだと考えられている。
 昔、西門、南門、北門、東門という四つの門があった。現在、発掘調査をしている所は西門の東、城壁があったところだ。総社市埋蔵文化財学習の館・村上幸雄館長(63)は「発掘していて困るのは、大きな石や木の根がたくさん出てきて掘るのに苦労すること。これからの季節は雨がたくさんふるので、土が崩れたりするのが心配。掘っていて昔の木の破片が出てきた時は大変うれしかった」と話していた。
 城壁の高さ五~六メートル。敵が攻めて来た時、はしごをかけても届かないくらいの高さにしてある。表面は平らな石で内側は土で作ってある。その土は、はんちくという方法で作られている。はんちくとは、土を薄く重ねて上から何百回もたたいて固め、それを何回も繰り返す方法で作られている。城壁の長さは山全体で約二・八キロメートルある。城壁の下に敷石を並べてある。理由は敷石がなく、土だけだったら雨が降ると土が流れてしまい、城壁が崩れてしまうからだ。石は鬼ノ城にもともとあったものを使ってある。発掘の仕事をしている橋本ふみこさん(78)は「五年ほど発掘の仕事をしている。みんなで仕事をしても一日に数メートルしかできない。しんぼうと根気のいる仕事」だそうだ。
 展望台からの見晴らしは良い。朝早くには四国の方まで見えるそうだ。私の通う総社小学校は、ちょうど松の木があって見えなくて残念だった。見晴らしが良いことは、敵が攻めてくるのがすぐわかり、城にはぴったりの場所だ。村上館長は「いつごろどうしてこんな大きな城が、何のためにできたのかぜひ勉強してほしい。岡山城より千年も古い鬼ノ城が、どんなに大きな山城だったか、そこらの城とは違うことを知ってほしい」と話してくれた。