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| トレーナーにジーンズで訪問するのが枝本さん流。会話の中で、お年寄りの生活や体調の小さな変化に目を配る |
第2部 やさしい手 (2) 瀬戸際
喜びがあるから続く
かぜをこじらせて約一カ月、解熱剤を飲み続けた。訪問の合間には点滴を打った。「辞めようか」。そんな言葉が初めて頭に浮かぶ昨年の夏だった。
「求人しても電話一本、チャラリとも鳴らなかった」。岡山市藤崎、訪問介護事業所「すてっぷ」の管理者枝本多佳子さん(34)は振り返る。
八年前に開業。利用者は順調に増え、七人だったホームヘルパーが二年後には二十人に。しかし三、四年前から減っていった。
昨夏は求人誌やフリーペーパーでも募集したが、反応はない。約三十人の利用者を、枝本さんを含めた六人のヘルパーで支えた。
休日返上で働いた枝本さんのサービス時間は、訪問先への移動を除いた“正味”で月二百時間に上った。
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二〇〇〇年の介護保険スタート後、増え続けた岡山県内の訪問介護事業所は減少に転じている。瀬戸際で踏ん張る業者の一方、昨年も三十五事業所が次々に撤退した。
「ありがとうと言ってもらえる仕事はあまりない。でも、生活ができませんから」。竹中敏晴さん(57)=岡山市=は、昨年廃業した一人だ。
ヘルパーの妻(50)と事業所を立ち上げたのは六年前。小規模ながら軌道に乗った〇六年、売り上げが一気に三割減少する事態に見舞われた。
国は膨張する保険財政抑制のため、介護報酬の引き下げと給付適正化を実施。生活援助の訪問介護サービスは一回一時間半までとなり、軽度者の家事援助や、通院介助、外出支援など「身の回りの世話」が制限された。
経営の悪化とともに、竹中さんの事業所でも減収とやりがいの低下でヘルパーたちが去っていった。一年以上無給で頑張ったが、閉鎖を決意。いまは運送会社で働く。
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経営者でもある「すてっぷ」の枝本さんも、手にする月給はここ数年、数万円だ。
「うちが生き延びられたのは、(介護報酬が引き下げられなかった)身体介護が中心なのと、夫のお給料があるからかなぁ」
事務職から転身し、子育てをしながら特別養護老人ホーム、グループホーム、訪問介護事業所で働き続けてきた。ホームヘルパーを選んだのは、施設では見えない、その人らしい暮らしが「在宅」にあったからだ。
認知症や介護度の重い人の身体介護を積極的に引き受ける。自宅でのみとりを望む人にもかかわってきた。
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二月上旬の日曜日。午後九時半、二人の息子を夫(34)に託した枝本さんは、部屋着の上にコートを羽織り、車に乗った。
二十分で到着した民家には、八十代の夫婦が住む。夫は要介護5。妻は要介護4。ともに認知症だ。「無理」と言われた在宅介護を支えて一年半になる。
気分が不安定な時、ひっかかれたこともある。でも夫婦は今、穏やかな時間を過ごしている。この夜、夫はトイレの介助を拒否したが、帰り際には「多佳ちゃん、また来てくれぇよ」と見送ってくれた。
「喜びがあるから燃え尽きない」と枝本さん。今できるのは、一つ一つ在宅支援の実績を積み、ヘルパーに対する利用者の評価を得ること。それしかない、と思っている。
(2009年3月7日朝刊掲載)
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