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高齢者を取り巻く家族、地域、ケアマネ…それぞれの頑張りが介護保険制度のすき間を埋めている
第1部 支えの場で (4) 親  子

  希望持ち続けられるか

 高速道路の先に、認知症対応型グループホームで暮らす母がいる。この四年間、千葉正彦さん(50)=仮名=は、妻(50)と一緒に関西の自宅と故郷の津山市を車で往復し続けてきた。

 症状の進行は緩やかになったようだ。入所して一年。母・房江さん(75)=同=は活発で、ホームの「お母さん的存在」になっていると職員から聞いた。週一回の往復は隔週になった。母の穏やかな顔で、自分の心も解けてきたような気がする。

              

 二年前。父の三回忌の時、母が言った。「なんで、こんなにうちに人がおるの」。衝撃だった。

 認知症は急速に進んだ。共働きの夫婦の携帯電話は一日中鳴り続けた。仕事中だからと説明しても理解してくれない。関西の自宅に連れ帰っても、一人になる昼間のマンションは寂しい。「帰る」と泣きじゃくった。

 「なんでやろうなあ、なんで自分の母が…」。悔しいし、現実が許せない。一週間働いて、休日は故郷。自分たちの時間はない。自然と母への言葉が厳しくなってしまう。「なんでこんなにむきになっているんだろうと途中で気がついて、むなしくなったり」

 グループホームを選ぶには葛藤(かっとう)があった。だが今、「私はここ(ホーム)から離れんからな」とあっけらかんに言う母を見ると、これでよかったのかなとも思う。それでも不安はある。「症状が進み、ホームにいられなくなったら…」

             

 房江さんの自立を支援してきた居宅介護支援事業所のケアマネジャー、立石千景さん(52)。「ケアマネを志した理由の一つは、一人で頑張って生活してきた母だった」と言う。

 一九七〇年代後半、看護師としてケアの道に入り、三十年余りがたつ。

 父は自分が八歳のとき亡くなった。母は一人で自分を育て、今も一人で暮らしている。「結局、私は自由に生きてきて、一緒にいてやれないけれど、いつか回り回って母の役に立てる仕事だと思う。もちろん家族みんなにもだけどね」

 しかし、人を支える現場の厳しさは増すばかりだ。

 給付費の急増を背景にした二〇〇六年の介護保険法改正は、予防重視の理由で要支援を二つに分け、介護が必要な人たちをのみ込んだ。個々のサービスへの定額制導入は事実上の利用制限につながっている。

 患者が病院から突然退院勧告されることも多い。医療の側から飛んでくる猛スピードのボールを必死で受け止めてはいるものの、いつかは拾えないものが出てくるだろう。

 要介護が要支援になり、認知症が一気に進んだ千葉房江さん。本人が強く望んでいた自宅暮らしができなくなった悔いが、担当ケアマネにはある。

              

 立石さんの息子は介護福祉士になった。今、有料老人ホームに勤めている。

 大変そうな自分を見て育ち、それでも福祉の世界に入りたいと息子が言った時、本当にうれしかった。

 一方で複雑な思いもよぎる。

 「利用者も私たち担い手も明るい未来が見通せないケアの現場で、このまま希望を持ち続けられるのだろうか」

 

(2009年2月13日朝刊掲載)

 


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