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| 全国の要介護・要支援認定者は約457万人(2008年5月)。給付費増大に伴う制度改正の影響が懸念される |
第1部 支えの場で (2) 谷 間
つながり断ち切られた
「認知症が進んだ原因はいろいろあるかもしれない。でも、変化に気付いたとき、何でもっとアクションが起こせなかったのか…」
「要介護1」から、最も軽度の「要支援1」へ。二〇〇六年春の介護保険法改正で、千葉房江さん(75)=仮名=がそう判定されて半年。再びケアマネジャーとして担当になった立石千景さん(52)は、千葉さんのあまりの変わりようにショックを受けた。
ケアマネはケアプランを立てるとか目に見える部分だけじゃなく、メンタル面で支えるという重要な役割がある、と立石さんは考える。「要介護から要支援になるって、そういう支えが一度ブチッと断ち切られることでもあるんです」
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要支援者をケアする津山市地域包括支援センター。専従職員八人と他のスタッフがケアプランを立てる。
要支援になった千葉さんを担当したのは、大学を卒業し、社会福祉士として配属されたばかりの伊藤洋子さん(25)=仮名=だった。高齢者を支える仕事に燃えていた。
立石さんからの引き継ぎを兼ねた〇六年五月の初訪問以来、ほぼ月に一回のペースで千葉さん宅を訪ねた。食事や風呂、買い物。生活状況を丹念に聞く。国が基準に示す三カ月に一回の訪問をはるかに超えていた。
ところが、その年の秋―。「タマネギのみそ汁を作った」と、料理好きだった千葉さんは言った。その自慢げな表情に伊藤さんは違和感を覚えた。
異変は地区の民生委員や家族からも届いた。夫の三回忌が分からない。チャイムを鳴らしても出てこない。きょう何をしたか話せない。持病の糖尿病も悪化した。年の暮れ、千葉さんは認知症と診断された。
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「今から考えると、ヘルパーさんから初めて認知症について聞いた早い段階で、家族や医師と連携をとるべきだった」と伊藤さんは言う。
病院に行っていなかったこと、持病のコントロールができていないことを把握していなかったことも悔やまれる。一方で、限界もあった。
国は、要介護1以上のケアプランは一人当たり三十五件までが望ましいとの基準を設けているが、同センターの専従職員が担当するケースは一人当たり五十~六十件。それでも間に合わない分を保健師ら他のスタッフが受け持つ。伊藤さんも本来業務である介護予防教室や講話活動の合間を縫っての担当だった。
専従職員を増やせば利用者一人一人と向き合う時間は増えるが、収入が限られてくる。国の報酬設定に基づくセンターの運営は厳しい。
「利用者の話をゆっくり聞きたい」「様子を見に行きたい」。残業続きの日々の中で、職員たちが上げる声にならない声の谷間に、千葉さんもいた。
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訪問から帰ると、パソコンのキーボードに伝言メモが林のように挟まっている。立石さんの日々も慌ただしい。
運転中は携帯電話のイヤホンでやり取りする。混雑を避け、裏道を縫って利用者の元へ急ぐ。その手のひらにも重要メモが書いてある。
千葉さんの担当に戻った立石さんのプランは、平日毎日のヘルパー派遣と、週三回のデイサービスを組み合わせることから始まった。
(2009年2月11日朝刊掲載)
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