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高齢者の暮らしの幅を広げた介護保険。スタートから9年、理想と現実の溝は深まっている
第1部 支えの場で (1) 再  会

  半年の間に何が

 「ありゃあ、久しぶりじゃなあ」

 千葉房江さん(75)=仮名=は笑顔で手を握ってきた。

 覚えていてくれた。一年ぶりの再会だった。昨年暮れ。認知症対応型グループホームの居間にはクリスマスツリーが飾られていた。

 会いに来たかったが、踏ん切りがつかないでいた。複雑な気持ちがあったからだ。津山市内の老人保健施設に併設された居宅介護支援事業所のケアマネジャー、立石千景さん(52)が、初めて千葉さんに会ったのは五年前。やはりクリスマスの季節だった。

              

 もともと糖尿病やぜんそくの持病があったが、おしゃれで、誰とでも仲良くなれるタイプ。子ども会や婦人会の集まりにはよく顔を出した。千葉さんを知る友人はそう言う。

 指の関節が痛み、家事がしにくくなったのがきっかけだった。二〇〇三年十二月、介護保険で「要支援」(当時)の認定を受けた千葉さんの家を、立石さんは初めて訪問した。

 子どもたちは県外で自立し、夫と二人暮らし。立石さんは訪問介護のケアプランを立てた。週三回、ホームヘルパーと一緒に家事をする。だが、そんな暮らしは長くなかった。一年後、夫が亡くなったのだ。

 糖尿病が悪化する。認定は「要介護1」。入退院の後、もう一つの事態が待っていた。一年後の〇六年春、介護保険法の改正だった。

             

 二〇〇〇年から始まった介護保険は、自立度に応じて「要支援」と「要介護105」に区分されていたが、改正で要支援はその枠を広げ、新たな軽度区分「要支援1」と「要支援2」の二段階に分けられた。介護予防を重視するという考え方だ。

 過度なサービス提供は高齢者の「自立」を妨げるというのがその理由だが、背景には給付費の急激な増加がある。

 千葉さんの認定は「要支援1」。制度がもたらした変化は、千葉さんにとっても立石さんにとっても大きな意味を持っていた。

 国は、要支援対象者へのケアプラン作成は予防事業を目的に自治体が新たに設けた地域包括支援センターの職員が担当すると定めている。

 担当は立石さんの手から離れた。ヘルパーの訪問も週三回から週二回に減った。

 そして、その年の秋がきた。

              

 「認知症が進んでいるようです。今日も靴下を二十足なくしたって言われて」

 津山市地域包括支援センターにヘルパーから一報が入ったのは十月半ば。千葉さんのケアをマネジメントする担当者は、訪問のたびに生活の状況を聞いていた。だが十月下旬、ヘルパーから再び連絡が入る。

 「食事は店屋物が増えている。入浴もせず、布団は敷きっぱなし」

 街にジングルベルが響くその年の暮れ。立石さんは「要介護1」の判定が出た千葉さんの担当者として半年ぶりに自宅を訪問した。

 半年の間で何が起こったのか―。まるで別人が、そこにいた。

          ◇

 実り豊かに人生の終章を過ごせたら―。そんな願いに向き合う「ケア」のありようが問われている。将来の安心を約束し、住み慣れた場所で暮らし続ける理想を掲げた介護保険は、私たちに何をもたらしたのだろうか。

(2009年2月10日朝刊掲載)

 


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