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| 清水信義氏 |
緊急寄稿 病気腎をめぐって 1 日本移植学会理事 清水信義 提供者保護が不十分
宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師らによる病気腎移植に、日本移植学会など四学会が医学的妥当性なしとの統一見解を発表した。病気腎移植の問題点や今後の展望について、関係者に寄稿してもらった。
宇和島徳洲会病院などでの病気腎移植に対し、日本移植学会など関係四学会は「想定外の実験的医療で厳しく非難されるべき」との声明を発表した。わが国の移植医療は過去の教訓から公正、透明性、公開の精神で着実に進んできたが、こうした事態に至ったことを残念に思う。
病気腎移植では、根幹的な問題として次の二つが挙げられる。
まず、提供者に十分説明がなされたことが文書で確認できないことだ。
世界保健機関(WHO)と世界移植学会の生体臓器移植に関する倫理指針(policy&ethics)は、生体からの臓器提供の場合、提供者保護が第一との考えから、患者救命のための移植であっても、提供者の健康への配慮が最優先▽提供は自由意思に基づく▽提供者は利益と不利益を十分に知らされなければならない―と述べている。
宇和島徳洲会病院専門委員会や厚生労働省調査班などの公表結果によると、提供者の中には移植への使用を告げられていなかった例があるほか、摘出には不適な疾患(ネフローゼなど)でありながら、摘出されていたケースもあった。また摘出の適応はあったが移植の適応がない腎臓(腎がん)も、移植されていた。
重い腎臓病の患者から、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)があったことを示す文書を残さずに腎臓を摘出し移植に使用したことは、現代の医療の在り方から見て問題が残る。
次に、透明性と倫理性の不足だ。
臓器移植は脳死であれ生体であれ、善意の提供を受けることで成り立つ医療である。公平性と透明性を保ち、提供者と患者、医療チームの相互信頼関係のもとで行われなければならない、責任の重い医療と言える。
信頼がおける移植医療の環境を構築する上では、実施病院以外の外部委員を交えて妥当性を検討する倫理委員会の役割は重要だ。わが国の臓器移植の中で最も早くから実施され、すでに一般的な医療となっている腎移植であるが、提供者が存在する限り基本的な倫理性は必要だ。
病気腎移植が表面化する発端は、宇和島徳洲会病院での生体腎移植に絡む臓器売買事件であった。
わが国では、臓器移植における財産上の利益供与は厳しく禁じられている。同病院にこのような事態が発生する環境があったことは、好ましいことではない。この事件では親族であるべき提供者が、実は親族以外の「他人」であり、本人確認の不備が露見している。
臓器売買の可能性を排除することは、移植医療の基本的な条件である。WHOは、臓器売買の可能性が排除できない中国での死刑囚からの臓器移植、フィリピンでの金銭契約による臓器移植などに警告を出している。
一連の問題では、提供者保護の優先、倫理性の確保、利益供与の排除がいずれも不十分だった。病気腎移植を行った医師らは移植医療を甘く見ていなかったか。移植医療は責任が重い医療である。このことを私たちはあらためて、確認する必要がある。
一九九七年に臓器移植法が施行されたが、脳死臓器提供は遅々として進まない。限られた余命の中、移植を待ち望む患者は多数に上るが、脳死移植の可能性が極めて少ない。これも病気腎移植問題の背景にある。国会に議員提案されている臓器移植法の改正は急務だ。
しみず・のぶよし 岡山大医学部教授、同大大学院医歯薬学総合研究科教授、岡山大病院長などを経て2005年6月から岡山大副学長。03年から日本移植学会理事。専門は腫瘍(しゅよう)・胸部外科学。高梁市出身。66歳。
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