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揺れる移植医療
MRI(磁気共鳴画像装置)で撮影した脳の損傷を診る医師。脳死には二つの基準が存在する=岡山大病院
MRI(磁気共鳴画像装置)で撮影した脳の損傷を診る医師。脳死には二つの基準が存在する=岡山大病院
第5部 足踏み 4 ダブルスタンダード 矛盾生み現場に混乱

 「脳死には、医学的な脳死と法律的な脳死がある。このダブルスタンダード(二重基準)の矛盾が、医療現場に混乱をもたらしている」

 東京都品川区の昭和大病院。脳死・脳蘇生(そせい)学会代表幹事を務める有賀徹・同大医学部教授(救急医学)が切り出した。

 臓器移植法(一九九七年施行)は、臓器移植を前提とする限りにおいて脳死を「人の死」と定めている。

 医師は経験から、患者の脳波が平たんになるなどすると、臨床的脳死(医学的な脳死)と診断する。二度と蘇生しない、不可逆的な死だ。

 臓器移植のためには、さらに厳格な法的脳死判定に進む。

 深いこん睡▽瞳孔(どうこう)拡大▽脳幹反射の消失▽脳波が平たん▽自発呼吸がない―。これらの判定項目を、二人の専門医が六時間以上空けて二回実施。すべての項目を満たさないと、臓器提供はできない。

 問題は、臨床的脳死になっても法的判定ができない人がいることだ。

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 日本臓器移植ネットワークによると、法施行から昨年末までの間、臓器提供施設指定病院で臨床的脳死と診断され、臓器提供意思表示カード(ドナーカード)を所有していながら臓器提供に至らなかった人は九十人。うち半数(四十六人)は、鼓膜や脊椎(せきつい)の損傷などで法的判定に必要な検査ができず、提供を見送った。

 「医学上の問題に法律が絡むから、家族や患者の希望をかなえてあげられない医師としてのジレンマが生まれる」と有賀教授。

 法施行後、救命現場や移植を推進する側からは、法的脳死判定マニュアルの見直しを求める声も出た。だが、旧厚生省は二〇〇〇年、「まだ多数の臨床例を集める必要がある」としたままだ。

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 厳格な法的脳死判定の実施は、客観性確保のためにも必要不可欠とされる。脳死を「人の死」とするかどうかの議論は、わが国ではいまだ二分されている。

 ただ、二回目の脳死判定の後にレシピエント(移植患者)の選定に入ることには、改善すべきとの声が強い。摘出までの時間が短縮できれば、臓器提供施設のスタッフやドナー(臓器提供者)家族の負担が軽減し、レシピエントも準備に余裕ができる。

 有賀教授は「過去の脳死移植は、二度目の判定から臓器摘出開始までに平均で十三時間以上かかっている。諸外国に比べ、長すぎる」と強く見直しを求める。

 しかし、「救命医療を放棄した」との批判は払拭(ふっしょく)できない。二回目の判定まで、法律的に患者は「生きている」からだ。

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 脳死をめぐる「ダブルスタンダード」は、そのまま臨床現場の戸惑いにつながっている。

 厚生労働省は昨年、臓器提供施設に指定されている全国の三十一病院の医療スタッフ約七千五百人に行ったアンケート調査を公表した。脳死を人の死と認めることが医学的に妥当と考える人は約40%しかいなかった。

 日本と欧米の移植システムに詳しい篠崎尚史・東京歯科大角膜センター長はこう指摘する。

 「死には医学的な死だけでなく、哲学的、宗教的、社会的な死もあり、死の概念ができるには時間がかかる。臨床現場で脳死が死として定着していないのに、法律で定義せざるをえなかったところに無理があったのは否めない」

 バックナンバー
第5部 足踏み
1 闘い ドナー少数 法に一因 (2007/6/12)
2 戸惑い 救命と脳死 どう対応 (2007/6/13)
3 見えない死 「答え」出すのは家族 (2007/6/14)
4 ダブルスタンダード 矛盾生み現場に混乱 (2007/6/15)
5 約束 カードに刻む妻の思い (2007/6/16)
6 グリーフケア ドナー家族に癒やし (2007/6/18)
7 二つの改正案 節目の年 行方見えず (2007/6/19)
8 15歳の壁 難しい脳死判定課題 (2007/6/20)
9 脳死論議再び 国を二分、見えぬ出口 (2007/6/21)
10 枠組み 専門機関の新設必要 (2007/6/22)
11 アジアの苦悩 進まぬ脳死への理解 (2007/6/24)
12 夢 免疫寛容の謎解明へ (2007/6/25)
13 宝物 問われる命のリレー (2007/6/26)

第4部 生体の光と影
1 プレゼント 元気くれた母の肝臓 (2007/5/25)
2 宿命 リスクと向き合う選択 (2007/5/27)
3 2人の肺 葛藤から感謝へ変化 (2007/5/28)
4 リスク ドナー死亡、再入院も (2007/5/30)
5 重圧 家族に暗黙の強制力 (2007/6/1)
6 ドナーの保護 法による規制不可欠 (2007/6/2)
7 ケアの要 患者、ドナーに安心を (2007/6/3)
8 現実 緊急避難 今や“主流” (2007/6/4)

第3部 アメリカからの報告
1 みらいちゃん 日本で打つ手なく渡航 (2007/4/17)
2 ジグソーパズル 多臓器 (2007/4/18)
3 ゴッド・ハンド 40年間 世界をリード (2007/4/21)
4 UNOSの今 臓器不足に対応苦慮 (2007/4/22)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/4/24)
6 “B級臓器” エイズ陽性でも活用 (2007/4/26)
7 ドナー交換 「生体」際限なく拡大 (2007/4/27)
8 ギフト・オブ・ライフ 脳死患者の情報機関 (2007/4/29)
9 報酬制度 臓器売買懸念の声も (2007/4/30)
10 誇り 生き続ける娘の遺志 (2007/5/1)
11 5%ルール 臓器不足に外国人枠 (2007/5/2)
12 ジレンマ 患者は増え続けるが… (2007/5/3)

緊急寄稿 病気腎をめぐって
1 日本移植学会理事 清水信義 提供者保護が不十分 (2007/4/3)
2 泌尿器科医 万波廉介 患者に希望与え得る (2007/4/4)
3 岡山大大学院教授 粟屋剛 問われる「真の倫理」 (2007/4/3)
4 岡山大名誉教授 折田薫三 自ら「第三の道」断つ (2007/4/6)

第2部 命をつなぐ
1 シャント 「いつだめになるか」 (2007/3/10)
2 人工腎臓 70年代 苦難の幕開け (2007/3/11)
3 不安 心通わせるケア必要 (2007/3/13)
4 高齢化 福祉との谷間であえぐ (2007/3/14)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/3/15)
6 贈り物 新たな“命”も授かる (2007/3/16)
7 ローカルネット ドナー求め病院巡り (2007/3/19)
8 実らぬ善意 脳死と混同、誤解も (2007/3/20)
9 ドナー発掘 献腎の実績に地域差 (2007/3/22)
10 選択肢 臓器提供の道伝える (2007/3/25)
11 うそ 新たな命に思い複雑 (2007/3/26)

第1部 病気腎の波紋
1 延長線 困っとる患者のために (2007/2/2)
2 原点 どうせ捨てる臓器なら (2007/2/3)
3 迷い 公表「がん」がネック (2007/2/4)
4 独自ルート 「宝くじ」の確率なら (2007/2/5)
5 ばらずし 海渡る感謝の気持ち (2007/2/6)
6 学会 歴史の中で原則築く (2007/2/8)
7 一人の世界 「怖いことやっている」 (2007/2/9)
8 ドナーの意思 かぎ握る自発的同意 (2007/2/11)
9 出合い頭 公平の原則どう保つ (2007/2/12)
10 臓器売買 「起こるべくして…」 (2007/2/15)
11 うねり 患者の立場から関心を (2007/2/17)
12 パイオニア 情報公開徹底が第一歩 (2007/2/18)

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