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揺れる移植医療
救命の最前線であるICU。脳死患者への対応に戸惑う医師は数多い=川崎医科大付属病院
救命の最前線であるICU。脳死患者への対応に戸惑う医師は数多い=川崎医科大付属病院
第5部 足踏み 2 戸惑い 救命と脳死 どう対応

 「ピッ、ピッ」

 脳圧、血圧などの異常を告げる電子音。ICU(集中治療室)の十床あるベッドに、意識のない患者がチューブにつながれ横たわる。医師や看護師が二十四時間、ナースセンターのモニターで容体をチェックする。

 川崎医科大付属病院(倉敷市松島)の高度救命救急センター。年間約六百人が入院。交通事故による頭部外傷やクモ膜下出血など、大半が頭や全身に障害を負った重症患者だ。

 脳死は、毎月一人平均で発生する。医師は脳波の測定などで臨床的脳死と診断すると、もはや助からないことを家族に告げる。

 日本臓器移植ネットワークなどは、この時点で脳死からの臓器提供の選択肢(オプション)を提示するのがベストだという。

 だが、「救命に万全を尽くすと言っておいて、脳死になったとたんに臓器提供の話なんかとてもできない」と同センターの鈴木幸一郎部長。

 「患者家族はまだ『死の受容』ができていない。臓器が目的と誤解されれば、医師との信頼関係は損なわれる。それを一番恐れている」

   □   ■

 一分一秒を争う救命救急現場の悩みは、救命を最優先してきた患者が、ある段階(脳死)から臓器提供の対象となることだ。気持ちの切り替えに戸惑いを感じる救急医、脳神経外科医は数多い。

 同センターは五年前から、入院時に「臓器提供意思表示カード」(ドナーカード)の有無を尋ねる問診票を作成した。カードを所有する患者家族にのみ、脳死になった際に声を掛ける。

 臓器移植法施行(一九九七年)以降、十三件あった臓器提供(うち脳死一)の申し出はすべて家族の自発的意思だった。

   ■   □

 脳死は、終末期医療のあり方にも密接に関連する。

 岡山県臓器バンクのコーディネーター、安田和広さん(39)にはこんな体験がある。岡山市内の総合病院でのことだ。

 二〇〇一年、三男(24)が交通事故で脳死状態になった女性(60)が、脳死での臓器提供を懇願した。三男には人工呼吸器が装着されていた。ドナーカードは持っていなかったが、母親は「息子のこんな姿を見るのは耐えられない」と、延命中止を求めた。

 担当の脳神経外科医は承知せず、母親はいらだちを募らせた。安田さんを交えた話し合いで、医師は徐々に治療レベルを落とすことに同意。八日後、心臓死を迎えた後、腎臓と角膜を提供した。

 安田さんは「医師は最後まで人工呼吸器を外すことを拒んだ。移植に際しての終末期医療の難しさを痛感した」と話す。

   □   ■

 日本救急医学会の終末期医療のあり方特別委員長を務める有賀徹・昭和大医学部教授は「臓器移植はあくまで、より良い終末期医療を実践したその先にあるべきもの」と指摘する。

 「あたかも、死体から臓器を摘出するだけのようなアプローチには強い違和感がある」

 ただ、臓器提供のオプション提示にはさまざまな意見がある。杏林大の島崎修次教授(救急医学)は「がんの告知と同じ。二十年前は家族以外にはほとんど告知しなかったが、今はほとんど患者にされている」と話す。

 「救急医の戸惑いがなくなるかどうかは、国民の理解にかかっているんです」

 バックナンバー
第5部 足踏み
1 闘い ドナー少数 法に一因 (2007/6/12)
2 戸惑い 救命と脳死 どう対応 (2007/6/13)
3 見えない死 「答え」出すのは家族 (2007/6/14)
4 ダブルスタンダード 矛盾生み現場に混乱 (2007/6/15)
5 約束 カードに刻む妻の思い (2007/6/16)
6 グリーフケア ドナー家族に癒やし (2007/6/18)
7 二つの改正案 節目の年 行方見えず (2007/6/19)
8 15歳の壁 難しい脳死判定課題 (2007/6/20)
9 脳死論議再び 国を二分、見えぬ出口 (2007/6/21)
10 枠組み 専門機関の新設必要 (2007/6/22)
11 アジアの苦悩 進まぬ脳死への理解 (2007/6/24)
12 夢 免疫寛容の謎解明へ (2007/6/25)
13 宝物 問われる命のリレー (2007/6/26)

第4部 生体の光と影
1 プレゼント 元気くれた母の肝臓 (2007/5/25)
2 宿命 リスクと向き合う選択 (2007/5/27)
3 2人の肺 葛藤から感謝へ変化 (2007/5/28)
4 リスク ドナー死亡、再入院も (2007/5/30)
5 重圧 家族に暗黙の強制力 (2007/6/1)
6 ドナーの保護 法による規制不可欠 (2007/6/2)
7 ケアの要 患者、ドナーに安心を (2007/6/3)
8 現実 緊急避難 今や“主流” (2007/6/4)

第3部 アメリカからの報告
1 みらいちゃん 日本で打つ手なく渡航 (2007/4/17)
2 ジグソーパズル 多臓器 (2007/4/18)
3 ゴッド・ハンド 40年間 世界をリード (2007/4/21)
4 UNOSの今 臓器不足に対応苦慮 (2007/4/22)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/4/24)
6 “B級臓器” エイズ陽性でも活用 (2007/4/26)
7 ドナー交換 「生体」際限なく拡大 (2007/4/27)
8 ギフト・オブ・ライフ 脳死患者の情報機関 (2007/4/29)
9 報酬制度 臓器売買懸念の声も (2007/4/30)
10 誇り 生き続ける娘の遺志 (2007/5/1)
11 5%ルール 臓器不足に外国人枠 (2007/5/2)
12 ジレンマ 患者は増え続けるが… (2007/5/3)

緊急寄稿 病気腎をめぐって
1 日本移植学会理事 清水信義 提供者保護が不十分 (2007/4/3)
2 泌尿器科医 万波廉介 患者に希望与え得る (2007/4/4)
3 岡山大大学院教授 粟屋剛 問われる「真の倫理」 (2007/4/3)
4 岡山大名誉教授 折田薫三 自ら「第三の道」断つ (2007/4/6)

第2部 命をつなぐ
1 シャント 「いつだめになるか」 (2007/3/10)
2 人工腎臓 70年代 苦難の幕開け (2007/3/11)
3 不安 心通わせるケア必要 (2007/3/13)
4 高齢化 福祉との谷間であえぐ (2007/3/14)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/3/15)
6 贈り物 新たな“命”も授かる (2007/3/16)
7 ローカルネット ドナー求め病院巡り (2007/3/19)
8 実らぬ善意 脳死と混同、誤解も (2007/3/20)
9 ドナー発掘 献腎の実績に地域差 (2007/3/22)
10 選択肢 臓器提供の道伝える (2007/3/25)
11 うそ 新たな命に思い複雑 (2007/3/26)

第1部 病気腎の波紋
1 延長線 困っとる患者のために (2007/2/2)
2 原点 どうせ捨てる臓器なら (2007/2/3)
3 迷い 公表「がん」がネック (2007/2/4)
4 独自ルート 「宝くじ」の確率なら (2007/2/5)
5 ばらずし 海渡る感謝の気持ち (2007/2/6)
6 学会 歴史の中で原則築く (2007/2/8)
7 一人の世界 「怖いことやっている」 (2007/2/9)
8 ドナーの意思 かぎ握る自発的同意 (2007/2/11)
9 出合い頭 公平の原則どう保つ (2007/2/12)
10 臓器売買 「起こるべくして…」 (2007/2/15)
11 うねり 患者の立場から関心を (2007/2/17)
12 パイオニア 情報公開徹底が第一歩 (2007/2/18)

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