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| 時に重圧もかかる中でドナーの自発的な意思をどう確保するか。生体移植の課題の一つだ |
第4部 生体の光と影 5 重圧 家族に暗黙の強制力
「贈り物をしたとか、そんなきれい話で終わるもんじゃない」
三月下旬、飯田浩志さん(27)=仮名、岡山県=は肝硬変の父親(57)に肝臓の一部を提供した。
「余命は一年」と医師が家族に告げたのは一月。生体移植を勧められ、父親を除く家族の間でドナー(臓器提供者)選びが始まった。
母親(54)は年齢が高く、姉(30)は妊娠中。残る浩志さんと弟(22)は、血液型がいずれも父親と同じだった。移植と聞かされた父親は「お前が(ドナーに)なってくれ」と浩志さんに頼んだ。
「ちょっと待ってくれ…」。浩志さんにも事情があった。婚約者がいたのだ。
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「彼女は理解してくれたが、将来の体のリスクを一緒に背負わせることになる。相手の両親にも心配をかける」
父親の気持ちも分かった。弟は県外在住で今春からの就職が決まったばかり。地元で働き、同居している浩志さんの方が安心だという。
最後は浩志さんが決断した。「父親のためが半分。親を『見殺し』にしたと思いながら生き続けたくない自分のため―が半分」。長男だから、との義務感もあった。
それでも、病院の検査では「医学的に移植は無理」との結果をひそかに願った。決断に後悔はない。だが正直、「家族の中でプレッシャーはあった」と打ち明ける。
健康な体にメスを入れる生体移植。その前提となるドナーの「自発的な意思」の裏側には、さまざまな重圧が潜む。
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「『誰がドナーになるか』は、個人のレベルを超え、家族をいやでも移植の問題に巻き込む」
松江市の精神科クリニックで診療に携わる春木繁一医師(66)は指摘する。腎移植が国内最多の東京女子医大で長年、透析患者と移植患者のカウンセリングに当たった。
こんな調査結果がある。夫婦間の生体腎移植前にカウンセリングした六十一件のうち、十七件では「本当は提供したくない」「ノーといえば暴力など夫に何をされるか分からない」と明かした。
「移植を機に、潜在していた家族内の未解決な精神医学的問題があぶり出されることも多い」と春木さん。
母親から子どもへの移植の場合、「私がこんな子を生んだからだ」「もっと気をつけてやればよかった」などの贖罪(しょくざい)意識にかられ、提供を決めることも珍しくないという。
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「ドナーさえいれば、生体移植に手が届く時代には、提供しないことが悪いことと思いやすい。それが暗黙の強制力になる」
鈴木清子さん(48)=千葉県富津市。夫婦で二度にわたり肝臓を提供した娘が一九九九年、十五歳で死亡。その後、重い後遺症に悩むドナーの存在に危機感を抱き、二〇〇二年秋、仲間と「生体肝移植ドナー体験者の会」を設立した。事務局役として、全国の体験者からの相談に乗り、ドナーの保護を国に訴え続ける。
「手術後に変調をきたせば、ショックは大きい。さらに、もし患者が亡くなったとすれば、自分がやったことすべてが無になるという虚無感もある」
患者の「命」の重みが、ドナーの心も人生も揺さぶる。
「提供しない選択の苦しさが、この医療の罪ではないか」。鈴木さんは言う。 |