| 第2部 命をつなぐ 8 実らぬ善意 脳死と混同、誤解も
「臓器移植法が、市民だけでなく医療現場にも誤解を与えたようだ」
岡山市田益の国立病院機構岡山医療センター。日本臓器移植ネットワーク(臓器ネット)西日本支部長補佐でもある田中信一郎診療部長(57)は、献腎移植が停滞する現状に表情を曇らせる。
脳死者からの臓器移植を認めた臓器移植法は、一九九七年に施行された。一方、それ以前にも、法的に認められた死後の臓器移植はあった。角膜と腎臓だ。家族の提供意思があれば心停止で摘出できる。それは臓器移植法の下でも変わっていない。
「ところが、脳死移植と混同し、脳死でないと提供できないとか、本人の生前の意思表示が必要と誤解された」と田中部長は感じている。
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日本の脳死移植は、欧米に比べて厳しい道を歩んでいる。
二年に及ぶ審議を経て、脳死臨調が「脳死は人の死」と答申したのは九二年。法施行にはさらに五年を要した。高知赤十字病院のドナー(臓器提供者)から初の脳死移植が行われたのは九九年二月。法施行から二年がたっていた。
さらに、この「第一例」は、その後に影を落とした。脳波の有無をめぐって病院側が脳死判定のやり直しをしたり、大挙して集まったメディアによる報道が「死の実況中継」とも批判された。
「死が複雑なものと受け止められるようになった」。これまでに心停止からの腎提供を三十件以上行ってきた広島県東部の病院理事長は話す。
臓器移植法施行前後から患者家族への働きかけを積極的にしてきたが、提供への理解がなかなか得にくくなったという。
「脳死とイメージがだぶり、小さな病院や家族の中には、腎臓提供そのものが煩わしいとか、難しいという意識が増しているのではないか」
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臓器提供や脳死判定に厳格な要件を定めた臓器移植法は、「世界一厳しい」といわれる。一人でも多く患者を救いたい移植医の中から不満の声があがるゆえんだ。
かつて岡山大を中心に死体腎の「ローカルネットワーク」を築いた折田薫三名誉教授(76)も、同法がその厳しさゆえに献腎の伸びにつながらなかったと指摘。とりわけ、脳死者の搬送を禁じている点を問題視する。
ガイドラインは、脳死からの臓器提供を大学付属病院など全国の約四百七十施設に限定した。つまり、それ以外の施設からは、脳死判定を目的とした提供施設への搬送はできない。
ところが臓器ネットの調査では、法施行後に脳死での提供希望を意思表示カードに記していた死者七百三十七人のうち、半数の三百七十四人は提供施設以外で死亡。中には、家族が生前の意思を生かすために提供病院への転院を強く望んだケースもあった。
「かつて腎提供に協力的だった小規模の病院は、正確な脳死判定ができないため提供病院に指定されていない。結果的に(提供病院以外での)貴重な善意が生かされなかったことになる」。折田名誉教授は悔やむ。
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スペイン四九・二人、米国二六・六人、日本一・四人。人口百万人当たりの心停止と脳死を合わせた献腎移植件数(二〇〇四年)だ。日本の待機患者の移植のチャンスは、スペインの三十五分の一しかない。
国会での臓器移植法改正論議は立ち止まったまま。患者や移植医らからは、法の見直しを求める声が高まっている。 |