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揺れる移植医療
増え続ける患者を受け入れる血液透析室。体内から血液を送り出す「シャント」で悩む患者も少なくない=岡山市内
増え続ける患者を受け入れる血液透析室。体内から血液を送り出す「シャント」で悩む患者も少なくない=岡山市内
第2部 命をつなぐ 1 シャント 「いつだめになるか」

 気絶したい、と思うほどの痛みが続いていた。

 腎不全と診断され、血液透析を始めて二カ月後。伊藤美紀恵さん(41)=仮名、岡山県=は手術台の上にいた。

 体内の血液を機械に送り出す左腕の「シャント」が詰まり、カテーテルで拡張する処置の途中で出血したのだ。緊急切開が行われた。

 局所麻酔が切れると、痛みに涙があふれ出る。切開部分の洗浄でまた激痛が走った。

 数日後、感染症で四〇度の高熱と意識障害。集中治療室(ICU)で生死の境をさまよった。四年前の夏のことだ。

   □   ■

 「シャントの切れ目が命の切れ目。私たち患者の合言葉です」。伊藤さんは複雑な笑みを浮かべる。

 シャントとは、静脈と動脈がつながった状態を指す。腎臓の代わりとなる血液透析は、血液を体外で循環させて水分や毒素を除去する。大量の血液を表皮近くの静脈から送り出すことはできないため、手術でシャントをつくり、血量を確保して針を刺す。ここから毎分二百ミリリットル前後の血液が濾過(ろか)器へ流れていく。患者にとっては文字通りの命綱だ。

 血管が細い伊藤さんは、シャントが安定しない。太ももの付け根につくり直したが、一年でだめになった。緊急措置として、首の血管からの透析をしたこともある。

 「透析で命を助けてもらった喜びは、シャントがいつだめになるかという不安に変わりました」

 結局、右腕の血管に人工血管をつないだ。だが、感染症の危険がつきまとう。医師は「あまり持たないだろう」と言う。一年が過ぎようとしているが、この先どうなるか、分からない。

   □   ■

 十三年間の透析を経て生体腎移植した岡山市の女性(59)は振り返る。

 「私の血管は細く、十回ぐらい針を刺し直すこともあった。看護師さんに『血管が悪い』と言われ、泣き泣き帰ることもありました」

 シャントが安定するかどうかは個人差がある。二十年以上もつ人がいる一方、糖尿病で動脈硬化だったり、血管の細い人は詰まりやすい。

 透析は週に三回。一回四~五時間はベッドの上で機械につながれる。急な血圧低下、嘔吐(おうと)や頭痛、不整脈などに襲われる危険もある。日常生活の中では水や食事の制限にひたすら耐える。

 伊藤さんは、目盛りのついたコップを手放せない。尿の出ない透析患者は、水分がそのまま体内にたまる。低たんぱくの食事を心掛け、塩分やカリウムの多い果物も口にできない。

 「看護師さんがよく言うんです。死ぬ病気じゃないんだから。透析すれば生きていけるんだから頑張って、と」

 そんな励ましに傷つく自分がいる。

 「患者はそう思っていない。答えの見えない、つらい、しんどい治療なんです」

   □   ■

 伊藤さんは元看護師だった。今、より質の高い看護を学ぶため大学院に通っている。午前中の透析を避けながらキャンパスに向かう生活が、生きる力を支えている。

 移植を考えたこともある。しかし、現実は圧倒的なドナー(臓器提供者)不足。臓器移植ネットワークには登録していない。生体間移植もあきらめた。家族の間に流れた微妙な空気を感じたからだという。

 「一年でも普通の生活ができれば、病気腎移植でかまわないという患者の気持ちはよく分かる。私も移植したらどうなるかって想像することはあるけど…。夢は夢です」

     ◇

 国内の透析患者は約二十六万人。年間一万人のペースで増え続けている。第2部は、病気腎移植問題の背景にある透析患者と臓器不足の現状を追う。

 バックナンバー
第5部 足踏み
1 闘い ドナー少数 法に一因 (2007/6/12)
2 戸惑い 救命と脳死 どう対応 (2007/6/13)
3 見えない死 「答え」出すのは家族 (2007/6/14)
4 ダブルスタンダード 矛盾生み現場に混乱 (2007/6/15)
5 約束 カードに刻む妻の思い (2007/6/16)
6 グリーフケア ドナー家族に癒やし (2007/6/18)
7 二つの改正案 節目の年 行方見えず (2007/6/19)
8 15歳の壁 難しい脳死判定課題 (2007/6/20)
9 脳死論議再び 国を二分、見えぬ出口 (2007/6/21)
10 枠組み 専門機関の新設必要 (2007/6/22)
11 アジアの苦悩 進まぬ脳死への理解 (2007/6/24)
12 夢 免疫寛容の謎解明へ (2007/6/25)
13 宝物 問われる命のリレー (2007/6/26)

第4部 生体の光と影
1 プレゼント 元気くれた母の肝臓 (2007/5/25)
2 宿命 リスクと向き合う選択 (2007/5/27)
3 2人の肺 葛藤から感謝へ変化 (2007/5/28)
4 リスク ドナー死亡、再入院も (2007/5/30)
5 重圧 家族に暗黙の強制力 (2007/6/1)
6 ドナーの保護 法による規制不可欠 (2007/6/2)
7 ケアの要 患者、ドナーに安心を (2007/6/3)
8 現実 緊急避難 今や“主流” (2007/6/4)

第3部 アメリカからの報告
1 みらいちゃん 日本で打つ手なく渡航 (2007/4/17)
2 ジグソーパズル 多臓器 (2007/4/18)
3 ゴッド・ハンド 40年間 世界をリード (2007/4/21)
4 UNOSの今 臓器不足に対応苦慮 (2007/4/22)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/4/24)
6 “B級臓器” エイズ陽性でも活用 (2007/4/26)
7 ドナー交換 「生体」際限なく拡大 (2007/4/27)
8 ギフト・オブ・ライフ 脳死患者の情報機関 (2007/4/29)
9 報酬制度 臓器売買懸念の声も (2007/4/30)
10 誇り 生き続ける娘の遺志 (2007/5/1)
11 5%ルール 臓器不足に外国人枠 (2007/5/2)
12 ジレンマ 患者は増え続けるが… (2007/5/3)

緊急寄稿 病気腎をめぐって
1 日本移植学会理事 清水信義 提供者保護が不十分 (2007/4/3)
2 泌尿器科医 万波廉介 患者に希望与え得る (2007/4/4)
3 岡山大大学院教授 粟屋剛 問われる「真の倫理」 (2007/4/3)
4 岡山大名誉教授 折田薫三 自ら「第三の道」断つ (2007/4/6)

第2部 命をつなぐ
1 シャント 「いつだめになるか」 (2007/3/10)
2 人工腎臓 70年代 苦難の幕開け (2007/3/11)
3 不安 心通わせるケア必要 (2007/3/13)
4 高齢化 福祉との谷間であえぐ (2007/3/14)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/3/15)
6 贈り物 新たな“命”も授かる (2007/3/16)
7 ローカルネット ドナー求め病院巡り (2007/3/19)
8 実らぬ善意 脳死と混同、誤解も (2007/3/20)
9 ドナー発掘 献腎の実績に地域差 (2007/3/22)
10 選択肢 臓器提供の道伝える (2007/3/25)
11 うそ 新たな命に思い複雑 (2007/3/26)

第1部 病気腎の波紋
1 延長線 困っとる患者のために (2007/2/2)
2 原点 どうせ捨てる臓器なら (2007/2/3)
3 迷い 公表「がん」がネック (2007/2/4)
4 独自ルート 「宝くじ」の確率なら (2007/2/5)
5 ばらずし 海渡る感謝の気持ち (2007/2/6)
6 学会 歴史の中で原則築く (2007/2/8)
7 一人の世界 「怖いことやっている」 (2007/2/9)
8 ドナーの意思 かぎ握る自発的同意 (2007/2/11)
9 出合い頭 公平の原則どう保つ (2007/2/12)
10 臓器売買 「起こるべくして…」 (2007/2/15)
11 うねり 患者の立場から関心を (2007/2/17)
12 パイオニア 情報公開徹底が第一歩 (2007/2/18)

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