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揺れる移植医療
第1部 病気腎の波紋 7 一人の世界 「怖いことやっている」

 「(病気の腎臓を)外から運び、倫理委員会に諮らずに移植している。このことが世に出たら、どうなるのか。非常に怖いことをやっていると思っていた」

 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の貞島博通院長(54)は明かす。

 病院の開設は二〇〇四年四月。貞島院長は鹿児島県・垂水徳洲会病院から、万波誠医師(66)は市立宇和島病院から、ともに開設メンバーとして移ってきた。〇六年十月の臓器売買事件発覚まで、万波医師はここで約八十件の生体腎移植を行った。そのうち十一件が病気腎だった。

 万波医師からの報告はなかったが、スタッフから聞き、戸惑ったと貞島院長は言う。院内全体の合意を得るために倫理委員会が必要と感じ、規約案も準備した。だが―。

 「万波先生はそういうもの(組織的な手続き)を受け付けないタイプ。嫌がるのが分かっていたから、話はできていなかった。話しても『いらない』と言っただろう」

 結局、倫理委が設置されたのは、臓器売買事件後の十月六日。

 「病院の体制が甘かった。院長として管理責任を感じている」。貞島院長は言い、こうも漏らした。

 「(移植が)万波先生一人の世界になってしまっていた」

   □   ■

 日本移植学会は〇三年、親族間に限っていた生体移植の倫理指針を改定。恋人など第三者間も可能にし、その際は「倫理委員会で承認を受けること」と定めた。

 しかし、病気腎移植は、本来廃棄されるものを再利用する。倫理指針からは“想定外”の医療だ。しかも万波医師は移植学会に加入していない。

 「そりゃ、倫理委に通しとったら問題はなかったかもしれんし、つぶされたかもしれん。ただ、倫理委は(当時)なかったしな」。万波医師はあっさりとそう言った。

   ■   □

 移植や生殖、再生医療など倫理的な問題を含む先端医療の分野では、第三者も含めた倫理委員会の設置が欠かせないとされる。医師の独走を防ぎ、裁量権に一定の歯止めをかけるためだ。

 一九八二年、国内で初めて徳島大医学部が設けて以来、倫理委は医学研究や医療行為の審査、指針(ガイドライン)の設定などを通じ、新しい医療を社会の中に根付かせる役割を担ってきた。

 元日本移植学会会長の折田薫三・岡山大名誉教授(76)は「学会員であろうがなかろうが、第三者への臓器提供に関する学会倫理指針は、移植関係者の常識だ」と万波医師ら「瀬戸内グループ」の行動に首をかしげる。

 「腎臓の摘出は最善な治療なのか。病気腎の移植は医学的に妥当なのか。倫理的に課題があるものは当然、倫理委に諮るべきだった。たとえ批判されたとしても、それに耐えられない医療は決して伸びない」

   □   ■

 いま、宇和島徳洲会病院では、生体腎移植を行うにあたってすべて倫理委で事前審査する。メンバーは貞島院長ら約十人。移植手術の当事者である万波医師は除かれた。

 「万波先生だけで自己完結する医療は、今の時代に通用しない。先生も変わらなくてはいけない。もっとオープンにした医療でなくては」と貞島院長。

 それでも「腕が立ち、患者中心の医療をする」という万波医師への評価は変わっていない。その力を生かす形で、腎移植センターとして病院の基盤を整えたいという。

 バックナンバー
第5部 足踏み
1 闘い ドナー少数 法に一因 (2007/6/12)
2 戸惑い 救命と脳死 どう対応 (2007/6/13)
3 見えない死 「答え」出すのは家族 (2007/6/14)
4 ダブルスタンダード 矛盾生み現場に混乱 (2007/6/15)
5 約束 カードに刻む妻の思い (2007/6/16)
6 グリーフケア ドナー家族に癒やし (2007/6/18)
7 二つの改正案 節目の年 行方見えず (2007/6/19)
8 15歳の壁 難しい脳死判定課題 (2007/6/20)
9 脳死論議再び 国を二分、見えぬ出口 (2007/6/21)
10 枠組み 専門機関の新設必要 (2007/6/22)
11 アジアの苦悩 進まぬ脳死への理解 (2007/6/24)
12 夢 免疫寛容の謎解明へ (2007/6/25)
13 宝物 問われる命のリレー (2007/6/26)

第4部 生体の光と影
1 プレゼント 元気くれた母の肝臓 (2007/5/25)
2 宿命 リスクと向き合う選択 (2007/5/27)
3 2人の肺 葛藤から感謝へ変化 (2007/5/28)
4 リスク ドナー死亡、再入院も (2007/5/30)
5 重圧 家族に暗黙の強制力 (2007/6/1)
6 ドナーの保護 法による規制不可欠 (2007/6/2)
7 ケアの要 患者、ドナーに安心を (2007/6/3)
8 現実 緊急避難 今や“主流” (2007/6/4)

第3部 アメリカからの報告
1 みらいちゃん 日本で打つ手なく渡航 (2007/4/17)
2 ジグソーパズル 多臓器 (2007/4/18)
3 ゴッド・ハンド 40年間 世界をリード (2007/4/21)
4 UNOSの今 臓器不足に対応苦慮 (2007/4/22)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/4/24)
6 “B級臓器” エイズ陽性でも活用 (2007/4/26)
7 ドナー交換 「生体」際限なく拡大 (2007/4/27)
8 ギフト・オブ・ライフ 脳死患者の情報機関 (2007/4/29)
9 報酬制度 臓器売買懸念の声も (2007/4/30)
10 誇り 生き続ける娘の遺志 (2007/5/1)
11 5%ルール 臓器不足に外国人枠 (2007/5/2)
12 ジレンマ 患者は増え続けるが… (2007/5/3)

緊急寄稿 病気腎をめぐって
1 日本移植学会理事 清水信義 提供者保護が不十分 (2007/4/3)
2 泌尿器科医 万波廉介 患者に希望与え得る (2007/4/4)
3 岡山大大学院教授 粟屋剛 問われる「真の倫理」 (2007/4/3)
4 岡山大名誉教授 折田薫三 自ら「第三の道」断つ (2007/4/6)

第2部 命をつなぐ
1 シャント 「いつだめになるか」 (2007/3/10)
2 人工腎臓 70年代 苦難の幕開け (2007/3/11)
3 不安 心通わせるケア必要 (2007/3/13)
4 高齢化 福祉との谷間であえぐ (2007/3/14)
5 腎疾患戦略 糖尿病の発症減らせ (2007/3/15)
6 贈り物 新たな“命”も授かる (2007/3/16)
7 ローカルネット ドナー求め病院巡り (2007/3/19)
8 実らぬ善意 脳死と混同、誤解も (2007/3/20)
9 ドナー発掘 献腎の実績に地域差 (2007/3/22)
10 選択肢 臓器提供の道伝える (2007/3/25)
11 うそ 新たな命に思い複雑 (2007/3/26)

第1部 病気腎の波紋
1 延長線 困っとる患者のために (2007/2/2)
2 原点 どうせ捨てる臓器なら (2007/2/3)
3 迷い 公表「がん」がネック (2007/2/4)
4 独自ルート 「宝くじ」の確率なら (2007/2/5)
5 ばらずし 海渡る感謝の気持ち (2007/2/6)
6 学会 歴史の中で原則築く (2007/2/8)
7 一人の世界 「怖いことやっている」 (2007/2/9)
8 ドナーの意思 かぎ握る自発的同意 (2007/2/11)
9 出合い頭 公平の原則どう保つ (2007/2/12)
10 臓器売買 「起こるべくして…」 (2007/2/15)
11 うねり 患者の立場から関心を (2007/2/17)
12 パイオニア 情報公開徹底が第一歩 (2007/2/18)

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