| 第1部 病気腎の波紋 6 学会 歴史の中で原則築く
「医師の暴走。人体実験と言ってもいい」
日本移植学会の大島伸一副理事長(61)=国立長寿医療センター総長=は言い切る。宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師(66)の行為は、学会が築いてきた移植医療の原則から大きく外れた「想定外」のものだった。
このところ感じるのは学会への“逆風”だ。移植の恩恵を受けた患者の存在がクローズアップされ、「患者が納得すれば問題ない」という声が医学界の内部からも聞こえ始めた。
「議論がぐちゃぐちゃになっている」と大島副理事長は言う。
「がんの臓器の移植は絶対の禁忌。医学の常識を破る仮説を立てるのはいいが、それを実証するのがサイエンス。証明もされていないのにやっていいのか。そこがあいまいにされている」
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日本の移植医療は倫理問題で揺れ続けてきた。
一九六八年、札幌医科大で行われた国内初の心臓移植(和田移植)では、移植自体の必要性やドナー(臓器提供者)の脳死判定などで疑問、批判が噴出した。
その後も、法律の整備や社会的合意をまたずに脳死移植が繰り返され、市民団体が計八件を殺人罪で告発(その後不起訴)している。万波医師の弟廉介医師(61)=岡山市=が九〇年に岡山協立病院で手がけた腎摘出もその一つだった。
わが国が脳死移植へ大きく一歩を踏み出したのは、臓器移植法が成立した九七年のことだ。
「歴史の中でわれわれ(移植医)は学んだ」。九八年に国内初の生体部分肺移植を行った岡山大の清水信義・日本移植学会理事(66)=同大副学長=は言う。
「移植に必要なのは、厳格な透明性と公開性、そして本人の同意。これは学会が社会、国民と結んだ約束だ」
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求める人(患者)のためにやる医療―。大島副理事長は、病気腎移植の構図は「代理出産」に似ていると指摘する。
卵巣や子宮の病気などで妊娠、出産ができない女性に代わり、別の女性が出産する。日本産科婦人科学会が指針で禁じているが、昨年秋には長野県の医師の手により、五十代女性が娘の受精卵で「孫」を代理出産した。倫理上の論議を飛び越えて、「事実」が積み上げられている。
「学会や倫理指針からずれたことをやり、それを一部の周りが応援する。ルールなんて関係ないと、みんな好き勝手にやりだしたらどうするのか。暴走しない仕組みがないと医療は崩壊する」
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「目の前の患者を助けたい」という万波医師の強い思いを、大島副理事長はよく分かるという。その思いで自らも、これまで約七百例の腎移植を手掛けた。
激しい批判にさらされたこともある。
「無脳児」からの移植だった。八一年、親の承諾を取り、生まれても数日以内に死亡する無脳児から腎臓を摘出、子どもに移植した。学会で発表すると、人道上の是非をめぐって論議が巻き起こった。
この時の体験が、社会と向き合うことでしか移植医療は伸びないという信念につながっている、と大島副理事長は話す。
日本移植学会は、厚生労働省の調査班にメンバーを送り、病気腎摘出に関与した病院から聞き取りを実施、三月末をめどに報告書をまとめる。日本泌尿器科学会、日本腎臓学会、日本透析医学会と足並みをそろえた統一見解は、二月中にも出される予定だ。 |