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| 宇和島徳洲会病院の泌尿器科。万波誠医師から佐藤さんは病気腎移植を知らされた=愛媛県宇和島市 |
第1部 病気腎の波紋 4 独自ルート 「宝くじ」の確率なら
「独自のルートがある。ドナー(臓器提供者)が出たら移植を受けますか」
突然だった。二〇〇六年七月。宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の病室で、県南部に住む自営業佐藤守さん(64)=仮名=は万波誠医師(66)から打診された。
三年前、六十一歳の時に診断された病名は嚢胞(のうほう)腎。遺伝性で、腎臓に体液を含んだ袋(嚢胞)ができる。肥大化すると腎臓を圧迫し、腎不全に至る。父や祖母、妹、弟も発症した。父は十年間の透析生活の末、亡くなっている。
自覚症状はなかった。別の病気の診察で腹部にしこりが見つかった。検査の結果を聞いて「やはり」と思った。次第に体調が崩れた。寒気がし、皮膚の色は紫になった。〇六年六月から透析を始めていた。
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「ドナーが出た」。万波医師から連絡があったのは二週間後。
「移植を勧められた時は脳死者の腎臓だと思っていた。『病気腎』と聞いたのは手術の数日前」
ドナーは腎動脈瘤(りゅう)で、こぶ(瘤)は取り除くのが難しいところにあるので、そのままにしておくこと。こぶに網をかけて移植するが、経験から他人の中では大きくならないこと。説明はよく理解できた。
最後にこう念押しされた。
「絶対大丈夫じゃないんよ。百パーセントはない。覚悟しといて。嫌ならやめてもいい」
移植の話を聞いた時、佐藤さんは日本臓器移植ネットワークについて尋ねた。「登録せんといかんのでしょう」と。
万波医師はすぐに首を振った。
「そりゃ宝くじに当たるくらいの確率じゃ。順番待っとったらいつ来るか分からんぞ」
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「病気腎」と聞き、佐藤さんは面食らったという。なぜ、自分が選ばれたのかも不思議だった。自分より先に移植すべき人、もっと若い三十代、四十代の働き盛りの方がいいのではないか。還暦も過ぎ、このまま透析を続けようかとも考えた。
腎臓以外に悪いところはない。透析期間が長いと血管などへの負担で合併症を招きやすいが、自分は一カ月半前に始めたばかりだ。
「移植が成功しやすい人、ドナーの腎臓を無駄にしない人を先生は選ぶのかなと。そんな気はしました」。佐藤さんはそう振り返る。
五つ下の妹も六年前、万波医師の執刀で移植を受けた。透析生活の苦痛から、移植を強く希望していた。後に、やはり病気腎を移植されたのだと聞いた。
最後は娘と話し合い、決断した。子どもたちの将来を考えてのことだ。
「遺伝性の病気だから、子どもらもやがて発症する可能性がある。その時にドナーがおらず、治療法もなかったら…。私が移植を受けて元気になれば、希望になると思ったんです」
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病気腎移植問題の発覚後、佐藤さん自身、マスコミの取材の渦中に巻き込まれた。
「実際の症例を含めて詳しい研究を進め、病気腎移植を確立した医療につなげてほしい」。今、そう思っている。
〇六年末、日本臓器移植ネットワークへの登録者は約一万二千人。これに対して、献腎移植は脳死・心臓死合わせて百九十七件。登録して移植を受けられる確率は1・6%である。 |